山里 は 冬 ぞ 寂し さま さり ける 人目 も 草 も かれ ぬ と 思 へ ば。 ちょっと差がつく百人一首講座

百一028解題)山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

また、「わきて」は「湧く・分く」の掛詞であろうが、あえて省略してみた。

寂しい冬は仲よく

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

現在の和歌山県の 紀ノ川河口あたりを言います。

百一028解題)山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

そんな身の上からなのか、撰ばれた歌の偶然なのか、 彼の歌にはどちらかといえば暗い歌が目立つように見える。

【百人一首講座】山里は冬ぞさびしさまさりける 人めも草もかれぬと思へば─源宗于朝臣 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

本人も忘れていたくらい、節目から時間が経過したが・・ 駄文を連ねる二十六首目。 そして諸国お決まりの反日運動である。 [補説] 小倉百人一首 [1]秋の田のかりほの庵 いほ の苫 とま を粗 あら みわが衣手は露にぬれつつ() [2]春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天 あま の香具山 かぐやま () [3]あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む() [4]田子 たご の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ() [5]奥山に紅葉 もみぢ 踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき() [6]鵲 かささぎ の渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける() [7]天 あま の原 はら ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも() [8]わが庵 いほ は都の辰巳しかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり() [9]花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに() [10]これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関() [11]海 わた の原 はら 八十島 やそしま かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人 あま の釣舟() [12]天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ() [13]筑波嶺 つくばね の峰より落つるみなの川恋ぞ積もりて淵となりぬる() [14]陸奥 みちのく のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに() [15]君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ() [16]立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む() [17]ちはやぶる神代 かみよ も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは() [18]住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ(藤原敏行) [19]難波潟 なにはがた 短き葦 あし の節の間も逢はでこの世を過ぐしてよとや() [20]わびぬれば今はたおなじ難波 なには なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ(元良親王) [21]今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな() [22]吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ() [23]月見れば千々 ちぢ に物こそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど() [24]このたびは幣 ぬさ も取りあへず手向山 たむけやま 紅葉 もみぢ の錦神のまにまに() [25]名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られで来る由 よし もがな(藤原定方) [26]小倉山峰の紅葉葉 もみぢば 心あらばいまひとたびのみゆき待たなむ() [27]みかの原わきて流るるいづみ川いつ見きとてか恋しかるらむ() [28]山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば(源宗于 むねゆき ) [29]心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花() [30]有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂 う きものはなし() [31]朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪() [32]山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉 もみぢ なりけり(春道列樹 はるみちのつらき ) [33]ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ() [34]誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに(藤原興風 おきかぜ ) [35]人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける() [36]夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ() [37]白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける(文屋朝康 ふんやのあさやす ) [38]忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな(右近 うこん ) [39]浅茅生 あさぢふ の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき(源等 みなもとのひとし ) [40]忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで() [41]恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか(壬生忠見 みぶのただみ ) [42]契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは() [43]逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり(藤原敦忠 あつただ ) [44]逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし(藤原朝忠) [45]あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな() [46]由良 ゆら の門 と を渡る舟人かぢを絶えゆくへも知らぬ恋の道かな() [47]八重むぐら茂れる宿の寂しきに人こそ見えね秋は来にけり(恵慶 えぎょう 法師) [48]風をいたみ岩打つ波のおのれのみ砕けて物を思ふころかな() [49]御垣守 みかきもり 衛士 えじ のたく火の夜は燃え昼は消えつつものをこそ思へ() [50]君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな(藤原義孝 よしたか ) [51]かくとだにえやは伊吹 いぶき のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを(藤原実方 さねかた ) [52]明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな(藤原道信 みちのぶ ) [53]嘆きつつひとり寝 ぬ る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る() [54]忘れじのゆく末まではかたければ今日を限りの命ともがな() [55]滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ() [56]あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな() [57]めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半 よは の月かな() [58]有馬山猪名 いな の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする() [59]やすらはで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月を見しかな() [60]大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立() [61]いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重 ここのへ に匂ひぬるかな() [62]夜をこめて鳥のそら音 ね は謀 はか るともよに逢坂の関は許さじ() [63]今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな(藤原道雅 みちまさ ) [64]朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木 あじろぎ (藤原定頼 さだより ) [65]恨みわび干さぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ() [66]もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし() [67]春の夜の夢ばかりなる手枕 たまくら にかひなくたたむ名こそ惜しけれ() [68]心にもあらで憂 う き世 よ に長らへば恋しかるべき夜半 よは の月かな(三条院) [69]嵐吹く三室 みむろ の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり() [70]寂しさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮() [71]夕されば門田 かどた の稲葉訪れて葦 あし のまろ屋に秋風ぞ吹く() [72]音に聞く高師 たかし の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ(祐子 ゆうし 内親王家紀伊 きい ) [73]高砂 たかさご の尾 を の上 へ の桜咲きにけり外山 とやま のかすみ立たずもあらなむ() [74]憂 う かりける人を初瀬の山おろしよ激しかれとは祈らぬものを() [75]契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋も去 い ぬめり() [76]わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの雲居 くもゐ にまがふ沖つ白波() [77]瀬を早み岩にせかるる滝川の割れても末に逢はむとぞ思ふ() [78]淡路島通ふ千鳥の鳴く声にいく夜寝覚めぬ須磨 すま の関守(源兼昌 かねまさ ) [79]秋風にたなびく雲のたえ間より漏れ出づる月の影のさやけさ() [80]長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ(待賢門院堀河 たいけんもんいんのほりかわ ) [81]ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる() [82]思ひわびさても命はあるものを憂 う きに耐へぬは涙なりけり(道因 どういん 法師) [83]世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる() [84]長らへばまたこのごろやしのばれむ憂 う しと見し世ぞ今は恋しき() [85]夜もすがら物思ふころは明けやらで閨 ねや のひまさへつれなかりけり() [86]嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな() [87]村雨 むらさめ の露もまだ干 ひ ぬ槙 まき の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮() [88]難波江 なにはえ の葦 あし の仮寝 かりね のひとよゆゑ身を尽くしてや恋ひわたるべき(皇嘉門院別当 こうかもんいんのべっとう ) [89]玉の緒 を よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする() [90]見せばやな雄島 をじま の海人 あま の袖だにも濡れにぞ濡れし色は変はらず(殷富門院大輔 いんぷもんいんのたいふ ) [91]きりぎりす鳴くや霜夜 しもよ のさむしろに衣片敷 かたし きひとりかも寝む() [92]わが袖は潮干 しほひ に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし() [93]世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人 あま の小舟 をぶね の綱手 つなで かなしも() [94]み吉野の山の秋風さ夜 よ 更けてふるさと寒く衣打つなり() [95]おほけなく憂 う き世 よ の民におほふかなわが立つ杣 そま にすみ染めの袖() [96]花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり(藤原公経 きんつね ) [97]来ぬ人を松帆 まつほ の浦の夕なぎに焼くや藻塩 もしほ の身もこがれつつ() [98]風そよぐ楢 なら の小川の夕暮れは禊 みそぎ ぞ夏のしるしなりける() [99]人も愛 を し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は() [100]百敷 ももしき や古き軒端 のきば のしのぶにもなほ余りある昔なりけり(). 「正四位」というのは「三位」に次ぐもの、即ち、国政の中核を 担う「 公卿」に昇格できる家柄にない者にとっては到達し得る官位の「極位」なのであり、「 清和」・「河内」などの"源氏の 棟梁"の多くは「正四位」であったし、 桓武平氏で初めて昇殿を許されたことで有名な 平忠盛(・・・あの 清盛の父親)も「正四位・ 刑部卿」であった。

4

28番 源宗于 冬の山里を詠む

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

冬至は昔からある暦の上での区切り「二十四節気」のひとつ。

山里は 冬ぞ寂しさまさりける 人目も草も かれぬと思へば

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

不定期にも程度があるだろ、まったく。 賀茂川堤に居を構えたところから、堤中納言と呼ばれた。 お偉いさんに気に入られれば出世が早い。

14

小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)の意味

思 山里 人目 かれ は も ぬ へ と ぞ ば 冬 草 ける さり さま 寂し も

特にサルはイヌと違って寒さが苦手なんで、もう震えが止まらなくて大変だよ。 にわか勉強の私でも歌の真意がなんとなくわかるのに、当時の人がわからないわけはない。 日本海名称問題や国名イニシャル「KorC」問題を絡めて考えるとものすごく楽しい。